盛岡地方裁判所 昭和44年(わ)80号 判決 1969年7月16日
被告人 佐藤啓悦
昭一五・一〇・二四生 調理師
主文
被告人を無期懲役に処する。
理由
(被告人の経歴等)
被告人は本籍地の中学校卒業後、約一年間盛岡市内の自転車店で働いたあと単身上京し、東京都内の料理店に調理師見習いとして約八年間勤めて調理師となり、その間勤め先で知り合つた瓦吹ヂツエと結婚したが、間もなく生活に乱れを見せ始め、窃盗罪で二度裁判を受け、いずれも執行猶予になつたものの、昭和四〇年末頃、再び強制猥褻の罪で裁判を受けるようになつたことから、右ヂツエに離婚されてしまつた。その後間もなく、被告人は東京地方裁判所において右強制猥褻罪により実刑判決を受けたうえ、前記執行猶予の裁判も取消されたため、約二年半刑務所に服役し、昭和四三年六月末に仮出獄し、いつたん岩手県紫波郡紫波町の父母のもとに身を寄せたのち、同年八月から盛岡市に出て、同市本町通二丁目一五番一三号のアパート睦美荘に住む妹と同居するとともに、同市内の医大伯養軒株式会社に雇われ、間もなく同社経営の盛岡駅前通り飲食店「貞任」に調理師として配置され、前記睦美荘から右「貞任」に通勤するようになつたが、その頃から夜間しばしば盛岡市内を徘徊しては一人歩きの女を誘い、喫茶店等で飲食や会話をしたり、うまく行けば旅館に連れ込んで肉体関係を持つことを繰返すようになつていた。
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、(一)、昭和四四年四月一五日の夜、職場の同僚ら二名と盛岡市内で飲酒遊興後、同日午後一一時前頃、帰宅しようと前記睦美荘付近の同市本町通二丁目一六番七号、島喜酒店こと島田初枝方前付近路上を歩いていたところ、たまたまその付近を甲野乙子(当時二一年)が帰宅するためひとり通行中なのを認めるや、同女を遊びに誘い、あわよくば肉体関係をしようと企て、同市上田方面から本町通方面に向かつて歩く同女を追尾して間もなく追いつき、同女と並んで歩きながら左手をまわして同女の左肩にかけ、再三「一緒に遊びに行こう」と誘つたが、同女が「家が近くだから帰る」などと言つて、被告人を振切つて逃れようとしたことから、この際同女を強いて姦淫しようと決意し、同日午後一一時過頃、同市三ツ割字上名須川五九の七番地空瓶回収業山崎茂方空瓶置場前付近に至つた際、いきなり同女の左肩にかけていた左腕を同女の頸部に巻きつけて強く絞めつけ、同女を失神させたうえ、左腕を同女の首に巻きつけたまま、その体を引きずつて右空瓶置場内に運び入れ、仰向けに倒して同女のズボン、パンテイを引き下げ、強いて姦淫しようとしたものの、膣外に射精してしまつたためその目的を遂げなかつたが、右暴行により、同女をしてその後間もなく同所において頸部圧迫による窒息のため死亡するに至らしめ
(二)、右(一)の犯行終了直後、その場において、右甲野乙子所携のシヨルダーバツク内より同人所有の現金約一、五〇〇円を窃取し
第二、同年五月六日午前零時三〇分頃、盛岡市内の飲食店で酒を飲んでの帰り道、同市本町通り三丁目通称三戸町通り喫茶店フローラ前付近路上に差しかかつた際、同所付近をひとり帰宅途中の乙野甲子(当時二五年)を認めるや、同女に対し強いて猥褻の行為をしようと企て、直ちに同女を追尾して約三〇〇メーター離れた同市長田町一一番一六号畳店小林直方前付近路上に到り、同所においていきなり同女の背後から抱きつき、片手をスカートの下から入れ、パンテイを引き裂いて陰部を手指でさぐつたうえ、さらに同女を付近路上に仰向けに倒して陰部を手指で弄び、もつて強制猥褻の行為をしたが、その際右暴行により、同女に対し全治約七日間を要する右頬部、下口唇、右膝部打撲症、左側頸部等の擦過症の傷害を与え
たものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示第一の(一)の強姦致死の所為は刑法一八一条(一七九条、一七七条前段)に、判示第一の(二)の窃盗の所為は同法二三五条に、判示第二の所為は同法一八一条(一七六条前段)に各該当するので、判示第二の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第一の(一)の強姦致死の罪につき選択すべき刑を考えてみる。
本件の行為は判示のとおり、被告人が夜間市街地の公道上を帰宅中の婦女を遊びに誘い、拒絶されるやいきなり襲いかかり、首を絞めて失神させ、人目のつかぬ空地に引き入れて自己の欲望を遂げた結果、被害者を窒息死に至らしめ、さらに被害者の所持品中に現金を見出すとためらうことなくこれを奪取したという、凶暴、残忍極まる事案であり、殺意はなかつたというものの、結果的には殺人行為にも等しい危険なやり口であつて、被害者に与えた精神的、肉体的苦痛は測り知れないものがある。しかも被告人は、不敵にも右犯行後僅か三週間位で、またもや類似手口の同種犯行たる判示第二の犯行、すなわち深夜勤め先から帰る途中の婦女を襲つて猥褻行為に及んでいるのであつて、そこには先の被害者を死に至らしめた罪の意識、良心の可責などはその片りんをも見出すことができない。また被告人は強制猥褻の罪で実刑に処せられた前科がありながら、出所後一年も経たないうちに本件犯行に及んだものであることをも併せ考えると、その反社会性、犯罪性はかなり強度であると認められる。一方、死亡した被害者は平和な暮しを営んでいた婦女であつて、何ら責めらるべき点がないのに、たまたま道路上で被告人と出会つたばかりに、その性欲の犠牲となつて辱しめを受けたばかりか、前示の経過でその尊い一命を奪い去られる災厄に遭遇したものであり、同女死亡の知らせに接した両親はじめ家族の悲しみや、犯人に対する憎しみの情も殊に深いものがあるのは当然であり、本件が市街地の真中で起きた凶悪事件として比較的平穏な地方都市の住民の人心に与えた影響もまた甚大である。以上のような本件犯行についての諸般の事情を考慮すれば、被告人は法廷においては素直に罪を認め、侮悟反省の態度を示していること、被告人は未だ二八才の青年期にあることなど被告人に有利ないつさいの事情を斟酌しても、なお被告人に対しては最も厳しい刑をもつて臨み、その罪を償わせるの外はないと認むべきである。
よつて、判示強姦致死罪につき所定刑中無期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四六条二項により他の刑は科せず、被告人を無期懲役に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により、被告人に負担させないこととする。
よつて主文のとおり判決する。